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山瀬理恵子のアス飯®︎日記

東日本大震災から7年

2018/03/11 11:20


7年前の今日、東京で東日本大震災を経験しました。


夫がマリノスを契約満了となり、移籍先がフロンターレに決まったばかりの時のこと。横浜から東京に引っ越したのが2011年3月7日。開梱作業に追われる真っ只中の出来事です。場所はマンションの14階。


これまで生きてきて経験したこともない異常に激しく長い揺れ。愛犬2匹を何とか自分の側に引き寄せたものの、収納したばかりの本棚からは書籍がなだれ落ち、ガラスものが大きな破壊音を立て、無残にも次々と割れていく。テレビが台の上から滑り落ちる寸前。咄嗟に片手で上部を押さえた矢先、視界に飛び込んで来る後ろの大きな家具まで今にも倒れてしまいそう。


手が震えて鞄の中にある鍵1つすら探し出せない。足が竦み宙に浮いているような感じ。自分の意思で動いているはずなのに頭は無駄に空白で、動かせている実感すらない。生まれて初めて、本気で命を失うかもしれないと思いました。


玄関を出るとエレベーターは完全に止まっていました。同じ階の住民の方も外に出てきていて、声を掛け合い、協力しながら、隣で暮らす見知らぬおばあさんを背中におぶって階段で、マンション下まで降りました。


大勢の人がどんどん外に飛び出し、地面に座っているという異様な光景。


その瞬間夫は麻生グラウンドで練習中。電話もメールも繋がらない。本来はやんちゃで、吠え癖もあるはずの愛犬2匹は不安と恐怖の渦中にいて、声を失い、頼りない飼い主の懐で、ガタガタと小さな身体を震わせている。


SNSの活用法を知らなかった時代。情報に疎く、犬を抱えているためどこに入ることも出来ずに、マンション側の建物から離れた土手のところに座り込んで待機。


せめて寒さ対策の上着、愛犬の水や食べ物、鍵以外の貴重品だけ取りに行こうと、マンション横の階段を上がり、もう少しで14階に辿り着くというところで、また緊急地震速報が。「危ないから下に降りて!」と誰かに叫ばれ、今来た階段を降りて再び地上へ。


夫に逢えたのは、暫く経ってからのこと。その後も、停電や大きな余震が続き、荒れた自宅になかなか戻れず、避難した車中で初めてテレビをつけ、東北の映像を目の当たりにしました。時刻は18時20分頃。


言葉を失い、涙しか出ませんでした。涙は何日経っても枯れないことを知りました。


スーパーは閉まり、街は閑散。ガソリンをどうするのか。引っ越したばかりで食料品、日用品も足りない。計画停電など様々な大混乱が続き、Jリーグも一時中断。


少しでも不安を和らげようと、近隣に住む選手家族みんなで声を掛け合い、一緒に過ごす時間を増やしたり、水や食べ物、生活必需品を分け合い、連絡を密に取りながら助け合いの生活を送りました。


あの日から、生き方や考え方が変わったという友人が周りに大勢います。私もそのうちの1人です。


今この瞬間に生きていることが、どれだけ奇跡で、どれだけ幸せなことなのか。


当時、サッカーダイジェストで連載が始まったばかりの頃でした。この時のテーマが「にんじん」。 発信者側にも関わらず、私自身の気持ちがぐっと落ちてしまっていました。


しかし、にんじんのオレンジ色には気持ちを明るくしたり、心を元気にしてくれる力があるのか、その時だけは、ほんの少しだけ明かりが灯されたように。



太陽光を直接料理に当てるような撮り方はコントラストがダイレクト過ぎて難しく、普段はあまりしないのですが、背中に光を浴び、暖かさを感じながら、鮮やかな色味とスープに瞬く反射光をじっと眺めていると、沈んだ心が少しずつすくい上げられるような感覚になったことを今でも鮮明に覚えています。


今日の日を忘れません。祈りを捧げます。



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