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山瀬理恵子のごはん日記

スーパーサイヤ人からの贈り物

2014/05/17 00:00

夫が突然、大きな紙袋を抱えて練習から帰宅しました。


「それどうしたの!?」


と尋ねてみると、贈り主は何と駒井選手だと。


遅くなってしまいましたが、10年目の結婚式の僕からのお祝いです!と言って、こちらの山科清水焼団地のおちょこやとっくり、素晴らしい器の数々をいただいたのです。


若いのに何て律儀なんだろうと、驚きと共に、深い感動を覚えました。

素敵な器の数々、本当にどうもありがとう。一生大切にします。


大事に手にとりながら、駒井選手が初めて我が家に遊びに来てくれた時のことを思い出していました。


私とはひとまわり以上も歳が違うので、弾け飛ぶようなフレッシュさを感じたのは勿論のこと、何より、言葉の1つ1つがとにかく前向きで、非常にポジティブな好青年だなという印象を受けました。


スポーツの世界。波に乗っている時。

極端に言えば、目をつぶっていてもゴールを決められるような時もあれば、反対に、何をやってもどう足掻いても上手くいかず、気持ちが落ちかけてしまうようなことが、しばしば起こったりします。


私も学生時代、本格的にいくつかのスポーツをして来たのでよく分かるのですが、忘れもしない、スピードスケート大会の時のこと。

練習では絶好調で、この通りにやれば確実に上位入賞を狙えるほどの好タイムなのに、大会に行くと、ことごとく結果が出ないのです。


そんな時期が、1年以上も続き、最終的に顧問の先生に言われた言葉が


「お前は、心臓に全く毛が生えていない」


と。


図星でした。自分が1番分かっていました。

それでもどうすることも出来なくて、本当に悔しくて情けなくてたまらない時間を過ごしました。


きっとあの時から、ずっとずっと「強くなりたい」と思いながら生きて来たのですが、根っこはまだまだスーパーネガティブな人間なので、駒井選手のスーパーサイヤ人並のポジティブさが、キラキラと光輝いて見えたのでしょう。


その日から夫と、何か落ち込みそうになりかける度に「駒井君になろう!駒井君だったら、これを乗り越えたら、オレはスーパーサイヤ人になれる!とか言うんだろうね!」が合い言葉になりました。


昨年、国立でのJ1昇格をかけたプレーオフ決勝戦に敗れた瞬間。

スタジアムでは、後輩の奥さんや、たくさんの関係者の方々が、あちこちでコンクリートの上に崩れ落ち、そこから歩けなくなってしまう程声をあげて泣き続けていました。


しかし、私の目からは、一滴の涙も零れませんでした。


それは、自分が年長であること。


何より、夫と共に、責任を背負う覚悟。


しっかりしなければと、泣きじゃくる後輩の奥さん方を、ただただ抱きしめることしか出来ませんでした。


これまでの1年間、この日の為に、どれだけの思いと、全力を尽くして来たか。


それを一瞬にして、目の前で失ってしまったけれど、ここで立ち止まるわけにはいかない。


この先も前に進んでいく為にと、翌日の早朝、東京のホテルで、応援してくださった方々や関係者の皆様に、お詫びと、そして、夫へ向けて、1つの日記を書きました。


その日記を更新してまもなく、1番始めにコメントを入れてくれたのが、駒井選手でした。



「すごく心に響きました。また来年、1から、昇格目指して頑張りましょう!功治さんにめっちゃ好きですって伝えといてください。笑」



これを見た瞬間、今まで奥の方で止まっていた涙が次から次へと溢れ出て来て、どうにもこうにも止まらなくなっていました。


せっかく駒井選手並のスーパーサイヤ人になりかけていたのに、そのスーパーサイヤ人本人の言葉によって、全てが崩壊してしまった瞬間でした(笑)


人間、生きていれば色々なことがあります。


嬉しいことも、悲しいことも、苦しいことも、本当にたくさん。


けれど、いつも心に駒井選手を思い出すことができれば、ひょっとすると、スーパーサイヤ人になれる日が来るのかもしれません( ´ ▽ ` )ノ(笑)

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